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2-洋服文化とファッションの歴史を学んでみよう

1930年代後半から1940年代前半にかけては戦時体制により繊維、衣服の統制が極端に進み、さらに百貨店自体の売り上げも低迷した時期でもあった。

1945年に衣料切符制度がとられ、国民服と呼ばれる統一規格の洋服が配給され、数少ない配給衣服の着用での生活を余儀なくされる。
絶対量が少なかった為、和服をもんぺに作り替えた女性も多かった。


戦争による壊滅的な打撃を受けた日本は、敗戦後はアメリカなど連合国からの援助に頼ることになった。食料など様々な物資不足はもとより、衣服も不足し闇市でも入手できない

立場の大衆は、1948年からGHQの放出衣料による古洋服の着用を始める。
戦争からの開放感もあり「占領軍ファッション」として、中古アメリカ衣料への傾倒が起こり、戦後初めての流行感覚が生まれた。

ナイロンをはじめ化学繊維の統制撤廃の後、化学繊維を使用した衣服が作られ始めるのは1951年頃である。
日本の繊維産業はすべて手探りの状態から、ビニロンやテトロン、レーヨンなどの合成繊維の開発、製造を始めた。

1953年(昭和28年)には、当時ヨーロッパで隆盛を極めたファッションデザイナーのクリスチャン・ディオールが来日し、海外ファッションの導入が始まった。
当時の洋服は基本的に注文品で、オーダー服を基軸にしたオートクチュールであった。
しかし、日本国内では繊維不況のあおりを受け、そのような華やかな最新ファッションには大衆は手が出なかった。

1958年(昭和33年)には、同じくピエール・カルダンが来日。量産のプレタポルテの時代の到来を告げる。
当時、オーダー服と量産既製服の占める割合は7対3にまでなりつつあった。この後、1960年代以降から衣料の大量消費の時代が始まることになる。
しかし、一般には修繕した継ぎのあたった衣服は、家庭での普段着や作業着にまだ多く目につく時代だった。

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